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境界領域にいるということ

by member last modified 2009-01-23 17:29

cbrc newsletter vol.26

自分の仕事の話をすると「研究のほうは地味なんですね」とよく言わ
れる。その真意はさておき、研究はどうあるべきかを問うならば、やはり
地味でよいと思う。バイオインフォマティクス(BI)は様々なジレンマを抱
えた分野である。生物学と情報学の狭間、ミクロとマクロの視点の狭間、
そしてサービス業と学問の狭間。いずれの側に偏りすぎても、BIとい
う言葉の範疇からは外れてしまう。うまくバランスを取らないと、一世を
風靡する勢いが数年後には風前の灯、という場合すらある。では研究の
方向性の良し悪しはどう判断すればよいだろうか。それは歴史から学ぶ
しかない。どんなにコンピュータが発達しようと、人間の発想はほとん
ど進歩がない。昔の文献をよく読むと大抵のアイデアは出ていて、それ
を機器の進歩にあわせて変奏している場合が多い。新しい変奏を付け
足すのではなく5年10年経ってから変奏してもらえるような、シンプルな
発想こそ重要だろう。
 

有田研究室が「代謝化合物のデータベース」という頭を使わなさそ
うなテーマに取り組む理由は、まず、化合物のデータは100年経っても
価値が変わらないからである。5年で陳腐化する遺伝子アノテーション
等とは寿命が違う。また、世の中に良いデータベースが無いことも理由
である。化学関連のデータベースは殆どが有償で、ゲノム情報のように
無償のものは少数派である(最近ようやく変わりつつある)。誰でも
自由に使えるデータを少しでも増やす努力は重要である。しかし最大の
理由は、こうして整理したデータを用いて、代謝における生命現象の
基本原理を解明したいからである。いまの作業はその長い準備段階に
あたる。

 お手軽な研究がうける時代である。面倒くさい処理や手続きはそれ
が正しい道筋であっても敬遠される。長らく代謝ネットワークの研究を
してきたが、代謝は原子レベルで解析しないと駄目だという主張には
みんな賛同こそすれ、面倒なために実践してもらえなかった。主張する
だけでは駄 目で、良いデータベースを設計し、使いやすいデータを提供
したほうが結局勝つのだとわかった。そういう研究は時間がかかる
し、地味でもある。しかし、地味ながらも観察するとなかなか完成度が
高い、という研究がよい。


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